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6.対策立案の考え方

介護事故の特徴を踏まえたリスクの発見や状況の把握がされたら、次の段階は取り扱う優先度を評価し、対象としたリスクに対して的を得た具体的対策を講ずるために要因と原因の分析が必要であるということを前回でお話をしました。

では、その要因や原因の分析が多角的・多層的に十分なされたとしたら、その対策はどのように立案していったらよいのかを考えてみたいと思います。

(1)百発百中の対策はない

要因や原因が多角的・多層的に行なわれたように、対策にも多角的・多層的なものがあります。まず、多角的ということは「人(職員)に起因するもの」「人(利用者)に起因するもの」「こころ・精神的なもの」「使用している機器・設備」その他にも「環境によるもの」等々があって、事故や苦情発生の要因や原因になっているということですから、対策もいずれか一つに対するものだけに特定されるのではなく、複数または複合した対策が必要になります。

また、多層的分析は『なぜ?』『なぜ?』を繰り返して真の原因に手を打つ(対策を講じる)ために必要な分析ではありますが、浅い段階として出てきた理由にも手を打つ必要があります。

したがって対策の評価をすることがたいせつになります。この評価によって、対策の優先付けをして取り組むことが必要です。

(2)対策の評価

対策は「即時性があるかどうか」「効果性が高いか」「実現の可能性があるか」「部分最適ではなく全体最適か」「定着の可能性はどうか」が評価の対象となり、これらを考えた結果で採用する対策も決定します。

まず、即効性のある対策かどうか

  • この即時性のある対策は当面の処置と混同しますので注意が必要です。
  • 当面の処置を、対策を講じたと思い、それで済ませると事故や苦情が再発するからです。
  • 当面の処置とは、起こった結果に対して不具合(ケガ、病気、怒りなど)を取り除いたり軽減させることで、今後の再発防止とは異なります。
  • 例えば、「修正をすること」「危険を取り除くこと」「起こり得る影響を最小限にすること」「一定の基準のもとに監視下におくこと」などがあります。
  1. 車椅子のブレーキが効かずに人に接触した事故で、車椅子のブレーキの効きの緩んだネジを締める
  2. 観葉植物で視界が妨げられていたために出会いがしらに人と人がぶつかった事故に対して、見通しを悪くしている廊下の曲がり角の観葉植物の位置を変えた
  3. 他人の胃薬を誤って飲ませてしまったが、特に胃洗浄はせず様子を観察することとした
  4. インフルエンザの症状の出た利用者を感染が拡がらないよう相部屋から個室に移した
  5. 急いでお茶を配っていたために利用者の膝にお茶をこぼした時に、ゆっくりと配るよう職員に注意した

上記の例はいずれも事故発生防止の根本的対策ではありません。

当面の処置で大切なことは、判断者が誰であるか、知識・技術・経験からして適切な処置であるか、記録(いつ、誰が、何を、誰の判断で、どうしたかとその理由)をすること、根本的対策が必要かどうか等の結果のフォローをすることです。

次に、効果性が高いかどうか

対策の効果は対策を立案する段階では計れません。しかし、分析を踏まえていることが効果性の高さの期待度につながります。

個別事案では、多角的分析をした結果なのか、また、多層的分析で深めていった原因に対してものになっているか、データ分析の累積比率を見た重点的対象に対しての対策なのか、散布図やマトリックスによる相関関係を見定めた対策なのか等々で効果性を推し量ることができます。

実現可能性についてはどうか

実現可能性は実施計画を立てることで評価できます。

時期、人員、費用、技術、物資調達の計画及び組織や上司の承諾の可能性などから評価します。

全体最適性があるか

これは、実現可能性の組織や上司の承諾とも関連しますが、事故や苦情の発生した現場(部署など)にとって適した対策であっても、他の部署や職種にとっては負担が増したり、リスクも高める場合には全体としては適切な対策とはなりません。

組織全体の資源(人員、費用、設備等)や仕組みに不都合を生じさせる場合は、部分(現場や一部の組織)にとって最適であっても全体最適とは言えない対策ということになります。

定着性があるか

対策が定着化するということは、その対策が①水平展開されること、②継続的に改善されるためにPDCAのサイクルにのっていること、③組織のマネジメントシステムとして動くことの必要性です。

①水平展開されること

水平展開とは、対策としてとられた機能が組織内の他の組織、他の職種、他の業務に使われることを言います。単に、○○事業所で起きた誤嚥事故対策のマニュアルが××事業所でも使うといったことでなく、例えば、マニュアルに使われた動画マニュアルが△△デイサービス事業所のレクリエーションマニュアルにも使われるようになった といった水平展開です

②継続的に改善されるためにPDCAのサイクルにのっていること

対策の定着化と固定化とは異なります。対策の効果性のところでも述べましたが、考え出された対策は必ずしも期待された効果を発揮するわけではありません。

例えば、転倒再発防止のためにセンサーマットの使用によって、利用者の転倒につながる動きを早めにとらえて、大きな転倒防止や、早めの発見による被害拡大防止を図る対策をとったとしましょう。それでもマットの置く位置や、危険を知らせるサインの把握方法をより良い状態にすることで、防止機能を高めることができたとします。このように、とられた対策は固定的なものではなく、計画した初案(P1)を実行した(D)結果を見て(C)、見直しをし(A)、更なる良い計画(P2)を試みるP→D→C→A→Pサイクルによる継続的改善の定着化が必要なのです。

③組織のマネジメントシステムとして動くこと

対策がPDCAサイクルとして動かないと、一時的、固定的なものになり、やがては新たな状況の変化等に対応していないために、別のリスクとなって表れることにもなります。PDCAサイクルをまわすことは、リスク対策だけではなく、組織の人事管理や業務管理等のマネジメントの中で行なわれる必要があることです。

そこで、リスク対策をマネジメントシステムとして具体的にどのようにあてはめたらよいかを、章を変えて述べることにします。

対策の評価
対策の評価

7.リスク対策とマネジメントシステム

事故例をもとにお話しします。

車椅子の転倒

7月15日午前11時30分頃、○階の入所利用者Aさん(男性:82歳)が、売店に行くために介護職員Bに車椅子を押してもらい移動している時の出来事であった。

売店に向かう廊下を移動中、向いから来た配膳車をよけようと介護職員Bが、押している車椅子の進路を左側に変えようとし、車椅子が廊下左側に置いてあった観葉植物の鉢に当たりそうになり急に止まろうとして、利用者が車椅子からずり落ちた。

幸い、骨折には至らなかったが、尻もちをついたときに腰を打ち、右手首を痛めた模様。

その後の調べで、次のことが確認された。

  1. 車椅子のブレーキの効きが甘かった。
  2. 転倒した場所は、廊下を曲がってすぐの建物をつなぐ渡り廊下で、路面がコンクリートになっているところであった。
  3. 介護職員Bは、4月に採用された新入職員。
  4. 利用者Aさんは、右片麻痺あり。

これまでのステップに沿って、対策の立案から対策のマネジメントシステムとしての定着化を考えますと、上記の事故例はすでに事故として発生してしまったものなので、リスクの「発見」のステップは該当しません。「状況の把握」については事故例の内容に書いてあるとおりです。

次に、上記例の「原因分析」ですが、多角的・多層的分析例は以下のとおりです。

多角的分析と多層的分析

多角的 多層的(なぜ→なぜ)
人(利用者)
MAN
車椅子からずり落ちた
  • 利用者の姿勢が悪かった
  • 右片麻痺があった
人(介助者)
MAN
急に止まろうとした
  • 鉢に当たりそうになった
  • 向いからきた配膳車をよけようとした
  • 配膳車にぶつかりそうになった
  • 廊下で配膳車とすれ違うときに止まらなかった
  • すれ違いにくいところで一方が止まることをしなかった
    1. すれ違う時に一方が止まることがルール化されていなかった
    2. すれ違う時に一方が止まるルールを守らなかった
  • ルールを知らなかった
  • ルールが教育されていなかった
    1. ルールを教育するマニュアルがなかった
    2. 4月入職の職員であるため7月時点で教育を受けていなかった
注意
MIND
急いでいたので注意して止まることを怠った
  1. 昼食時間までの短い時間に売店に行かなければならなかった
    • 早めに利用者の希望を捉えていなかった
  2. 急ぐと危険だという意識がなかった
    • 経験がなかった
もの(車椅子)
MACHINE
ブレーキの効きが甘かった
  • ブレーキの効きの甘い車椅子を使った
  • 車椅子のブレーキの点検をしなかった
  • ブレーキの点検がルール化されていなかった
  • ルールはあったが効き具合の判断基準がなかった
環境
ENVIRONMENT
観葉植物が邪魔になった
  1. 配膳車が通る廊下に観葉植物を置いていた
  2. 鉢や植物の葉が廊下に出ていた
  3. 置く場所が適切でなかった
適切な置き場所があらかじめ決められていなかった
方法・やり方
METHOD
麻痺のある人の姿勢を保っていなかった
  • クッションなどを使って傾きを支えていなかった
  • 麻痺のある人の姿勢を保つ方法を知らなかった
  • 麻痺のある人の姿勢の保ち方を事前に教わっていなかった
ブレーキを急にかけた
  • 急に止まろうとした
  • 早めから止まらなかった
  • 危ない箇所や状態を知らなかった
  • 教えてもらっていなかった

これは実際のケーススタディで出された回答です。したがって多層的分析の仕方が必ずしも正しいものばかりではありませんが、概ね「なぜ→なぜ・・・」を追求したものになっています。

このように個別の事故事案を例に、発生した原因をいくつかの角度から見て、また、それぞれを、なぜそうなったかを深堀りしていきますと、多くの要因が取り出せます。

この例でも6つの角度から約40近いものが出されています。また、データが数多く取られている場合には、層別をしたり、層別をしたものの相関関係を見たり、重点志向で的を絞り込んで原因分析を行ないます。そしてこの分析結果をもとに「対策の評価」をすることになります。

この例では、「対策の評価」の結果選び出された「対策」は3つ出されました。

ひとつは『新入職員の研修実施』、ふたつめが『すれ違い時のルール作成』、そして3番めとして『廊下のものの置き方の改善』となりました。

これは対策評価の項で述べました、即時性、効果性、実現可能性、全体最適性、定着可能性の5つから評価されたものです。

さて、これらの対策はマネジメントシステムとして組織の仕事のなかに定着し、継続的に改善されていくことにはどのように結びつけていけばよいのでしょうか。

以下の7つのマネジメントシステムに結びつけて考えてみます。

  1. 対策の効果目標の設定、達成状況の把握、見直し、改善
  2. 対策計画に含める要素
    • 必要な資源
    • 責任者
    • 計画の承認
    • 監視の基準
    • 必要事項の明確化
    • 妥当性の確認
    • 変更の管理
    • 記録
  3. 教育訓練の計画(どのような教育が必要か)、実施後の評価、記録
  4. 設備の管理方法
  5. データの分析
  6. 監視の方法
  7. 監視の結果の不具合への対処と再発防止
7つのマネジメントシステム
マネジメントシステム

(1)対策の効果目標の設定、達成状況の把握、見直し、改善

立てた対策の最終目標は、同種の事故の再発防止であることは言うまでもありません。 これは、対策の効果確認として期間を定めて行なう必要があります。 もうひとつは、対策自体の到達目標を立て、達成状況の把握をしなければなりません。

前述の事故例で言えば、『1.新入職員の車椅子移動における注意点の研修実施』や、『2.すれ違い時のルール作成』、『3.廊下の置き物の安全性の改善』という3つの対策のそれぞれに、到達目標を立て、達成状況の把握をするということが確立されなければマネジメントシステムに則ったやり方とは言えません。

対策は、計画性を持って継続的に改善されていくものにならなくてはいけないからです。1.については、“どういうことを”、“誰を対象に”、“いつまでの間に”、“どの程度の習熟度合いで”という目標のもとに、それぞれが実施された状況を客観的にとらえられる(例えば、記録に残す)状態になれば目標設定と達成状況が把握されることになります。

2.についても同様です。すれ違い時のルールとしては、“どのような状況下のものを”、“どんな注意点について”、“どのようなルール表現で(言葉or図示等)”、“何のかたちで(作業手順書or規定類)”、“いつまでに完成させ、周知する”などを目標として明確にし、実施できたかどうかを把握することが必要です。

達成状況の把握で問題になるのは、3.のように“・・・の改善”とした場合、それが改善されたのかどうかは基準が曖昧になります。そこで、出来上がり図のようなものを作成し、このようになったら、という客観的な明確さが必要です。

ですから、教育にしても決して「新入職員の移動技術の徹底とか充実とか向上」という表現は避けなければなりません。徹底とか充実とか向上は、出来たとも出来ていないとも言える曖昧なものです。

具体的に“3時間の○○研修を新入職員全員が3ヶ月以内に受講済みとなる”とういうように目標が設定されていれば、達成状況も“○人が未終了”というように具体的に把握できます。

このようなやり方をすることで、研修計画に無理があったかどうかや再発防止の研修として3時間の研修が不足であったのかなどの見直しがされることになります。

これが、タイトルの「対策の効果目標の設定、達成状況の把握、見直し、改善」につながるマネジメントシステム化です。

(2)対策計画に含める要素

対策を計画する場合には、次の要素を明確にしてください。

必要な資源は何か

対策の具現化のためには、各種の資源が必要になります。これを明確に描いておかないと実現可能性が見通せません。

例で言えば、新入職員を教育する人は確保できるのか、教える場所はあるのか、すれ違い時のマニュアル作成に必要な紙、パソコン、コピー機は用意できるのか、等々です。

責任者・承認者などの明確化

この対策計画や計画を実施する場合の責任者は誰なのか、計画について承認する人は誰なのかが決まっていなければなりません。せっかくの対策が実施されようとした段階や実施してから、“誰の許可を得てそのようなことをしているのか”とか、“私はそれは知りません”というようなことが起こりかねません。

監視の基準

事故や苦情の再発防止のためにとられた対策は、効果や結果を監視しなければなりません。先の例で言えば、新入職員に対する車椅子移動の教育は、まず、実施の有無・参加人数・教育の評価結果などの状況が監視の対象になります。次に監視の対象について合否の判定基準を決めます。予定通りの実施、○人以上の参加、評価平均が5段階評価の4以上、等を「合」とする、などです。この基準を設けるのは、教育を実施しても事故の再発が防げなかった場合に基準自体を見直すというPDCAのCからAにつなげるためです。

対策 監視項目 合否判定基準
新入職員の車椅子移動教育
  • 実施の有無
  • 参加人数
  • 教育効果の評価
  • 実施済み
  • ○人以上
  • 5段階評価の平均4.0以上
すれ違い時のルール作成
  • 完成時期
  • ルールの読みやすさ
  • ○ヶ月以内
  • 使用者の評価3段階で2以上
廊下の置物の安全性の改善
  • 廊下の障害度合い
  • 置物を含めた廊下の幅員○m以上
必要事項の明確化(どのようにしたいのか)

事故の再発防止を図るのが第一の目的ですが、そのために立てた対策自体がどうあるべきかをはっきりさせなくてはなりません。

例で言えば「新入職員に車椅子での移動が安全にできるように教育することを確実に実施して身につけてもらうこと」とか「すれ違い時のマニュアルを使えるもの、わかりやすいもので作成する」といったその対策自体に求められる条件を明確にすることです。

妥当性の確認

妥当性の確認とは、対策立案の各段階でいろいろな立場の人が関わって“それで大丈夫か?”ということを予め見極めることです。

これは、実現の可能性や全体最適性にとって大変重要な機能です。介護職員にとっては良策であっても看護職員には問題があるとか職員の立場でみればベストであっても、管理者からみれば良いとは言えないケースが往々にしてあります。この機能は、上記の「責任者・承認者などの明確化」の機能と併せて果たされます。

変更の管理

対策の立案過程で対策内容に変更が生じることは多々あります。

このときに注意しなくてはならないのは、変わった部分だけを変えて済ますのではなく、立案の過程で必要とされた要素(必要な資源、監視の基準、妥当性の確認等)のすべてについて再度見直すことが大切です。

例をあげてわかりやすく説明しましょう。

「新入職員の車椅子移動の研修」に新入職員以外の希望者も入れるという変更をしたとします。このとき実施時期や参加人数、監視の基準である評価基準についても見直しをして対策計画を作らないと、実施ができない、評価基準が甘いなどの当初の計画とは違う問題が出てくるなどがその例です。これを「変更の管理」と言います。

記録

計画の中で何を記録として把握するか、また、残すか、ということを決めておかないと、対策の進捗や評価ができなくなります。その中でも特に重要なのは、監視の結果の記録です。これを使って対策の効果確認をします。このほかにも、計画段階での妥当性確認を行なった記録や、変更をどのように管理したかの記録も残さなければなりません。前者は対策の内容自体の記録であり、後者は対策立案計画の記録です。

対策計画に含める要素

(3)教育・訓練の計画(どのような教育が必要か)、実施後の評価、記録

介護事故の多くが、4大介助と言われる食事・排泄・入浴・移動移乗の介助時に起こっていることから、介護職員の介助技術や知識不足が事故発生の直接的な原因であることが多いと言えます。ただ、多くの事故報告書の対策欄を見ると、『関わった職員の○○の技術が不足していたので、当人に対し、再教育を実施した』といった記載がよく見られます。

これをもう少しマネジメントシステム的なものにするには、

  1. 教育ニーズとその到達レベルが明確化され
  2. 対象者
  3. 実施時期
  4. 指導者
  5. 使用教材
  6. 評価方法

が計画され、実施後には教育訓練の効果確認と、教育研修自体の評価がされなければなりません。

なぜ、その職員が技術不足を原因とした事故を起こしたのかを考えると、例えば、まだ採用後1~2か月の段階で、わずかに半年先輩の職員がさしたる教材もなしに、やり方を説明する程度の教育をし、十分に行えるようになったかどうかも評価せずに仕事をさせたとすれば前記した1.~6.の状況とは程遠いと言えます。

教育・訓練は、一律的なニーズに対するものではなく、「どのような対象(経験年数、職種、立場)」に、「どのような技術や知識の内容」が、「必要とされるレベルに対してどの程度不足している」か、に対して計画されなくてはなりません。介護事故の発生原因が教育・訓練不足であった場合、対策として計画される教育・訓練の対象、内容および求められる到達レベルは、介護事故の発生に関する情報がインプット情報となります。教育・訓練プロセスのPDCAサイクルを、介護事故からのインプット情報をCとしてA→P→Dと廻すことができます。

(4)設備の管理方法

次に、介護サービスに使用している設備・器具が介護事故発生の原因となっている場合に、これをマネジメントシステムとして再発防止を図るには次の点をおさえてください。

まず、介護事故に結びつく対象(設備・器具)を特定すること、特定した対象が介護サービスに供される場合に求められる事項(安全性や確実性、正確性など)を満たす条件を明確にすること、それを維持・管理する方法(点検・監視等)と基準(頻度、合否判定基準)を決めること、更に、すべての対策に共通ですが、実施の記録と効果の確認を行うことです。

ベッド脇に置かれたセンサーマットが機能しなかったために転倒の発見が遅れた事故を例に説明します。センサーマットが機能しなかったのは、「電源コードのプラグが外れていたため」として原因が特定されました。対策は、『電源コードの接続状況を含めたセンサーマットの作動の点検実施』となりました。

センサーマットは利用者の動きを感知し、警告としてワーカー室の監視機器に警告音を発したり、ランプの点滅が確実に作動することが求められます。この状況が常に維持されているための点検実施と、点検の基準の設定が対策として取られました。

  1. 週に一度の頻度で
  2. センサーマットの置かれ方
  3. 電源コードの接続状況
  4. センサーマットに足を置き、ワーカー室の警告音とランプ点滅の確認
  5. 1.から4.の記録

以上が対策として行われました。更に、3か月間で効果確認をしたところ、清掃でベッドを動かした際に抜いた電源コードのプラグが元通りに差し込まれていない状況が点検で発見されたため、清掃でセンサーマットの位置がずれる可能性があることや、プラグの差し忘れが心配されることから、ベッド下の清掃後にも実施することに改められました。このように事故の対策が組織の仕事として定着し、継続的に改善される仕組みこそが大切です。

(5)データの分析

事故に対して取られた対策は効果があったのか、無かったのか、何には効果があって、何には効果が薄かったのか、等の検証がなされないと対策の見直しや新たな対策に向かっての改善が「見当的」「場当たり的」になってしまいます。

そこで、予め“どういった検証をするために”、“どのようなデータをとる”ということを計画してデータを収集し、目的に向かった分析をすることが大切です。

特に、個別の事故事案に対しての対策ではなく、事故発生の一定の傾向がデータ把握されたものに対して取られた対策は、対策実施前のデータが対策によって如何に変化したかを比較分析することで、対策を評価することができます。

介護事故ではありませんが、例えば、次のような事例があります。

問題

デイサービスの月曜日の迎え間違いが多い(休みの利用者を迎えに行ってしまうなど)

原因

デイサービス担当者が不在の前日または前々日の土日に、デイサービス担当者以外の職員が受付けた休みの連絡の伝達漏れ

対策

月曜朝礼時に土日の日誌を読み上げて、休みの連絡の有無を確認する

問題、原因ともにデータで事前に把握されており、対策はそれに基づいて策定されていますので、結果もデータで検証されなければなりません。曜日別の迎え誤りは月曜日が他の曜日に比べて減少しているのかどうか、もし今までと変わらない状態やむしろ増加している、または他の曜日の増減と比較して対策を講じたこととの効果が見られないとしたら、原因が違っていたか、原因に対しての対策が当を得ていないという見直しをしなければなません。

このように介護事故の防止対策が、組織の仕事の中に定着し、継続的に改善されていくためにはマネジメントシステムとして「計画(収集データ項目と分析方法の計画)」「実行(データ収集の実施)」「評価(データ分析)」「見直し」のステップを踏むことです。

(6)監視の方法

リスク対策の効果の把握や継続的改善のために、対策実行の適切な段階で実施の監視をする必要があります。また、効果の把握や継続的改善のためだけではなく、取られた対策が次工程や他の業務に支障をきたしていたり、対策自体が誤って行われていたりすることに対しても監視が必要です。こうした対策自体に問題を含んでいたり、問題が現れたりした場合に、その問題を取り除いたり、問題から起こりうる影響に対して適切な処置をとらないと、事故の再発や別の事故を引き起こすことを防がなくてはなりません。

そこで対策が目的を満たしたものであるかを、一定の監視基準によって監視またはデータ的なチェックをする仕組みが必要になります。監視の方法は対策内容によって異なりますが、誤嚥防止のために特定の食材の調理方法を変更したようなケースでは、とろみのつけ方、キザミのサイズなどが監視の対象になり、これを利用者が食する前の適切な段階でチェックするなどが一つの例になります。他にも転倒予防にセンサーマットの使用を対策として取り入れた場合に、センサーマットが目的に沿って作動することの点検を定期的に行うなども対策実施段階の監視方法に当たります。

(7)監視の結果の不具合への対処と再発防止

監視で検出された不具合は取られた対策が有効に機能しないことや新たなリスクを生むことにもつながるため、次のような処置をとらなければなりません。

  1. そのまま実施が続くことのないように中止または中断する
  2. 不具合を取り除くよう修正する
  3. 実施されてしまった場合には、不具合によって引き起こされたまたは今後引き起こすと思われる影響を最小限にするように処置する

上記「(6)監視の方法」で取り上げた例の、“誤嚥防止のための調理方法”でキザミやトロミが予定されたものでないことが発見された場合は、誤って利用者に提供されないよう区別し、廃棄するなどするか、キザミやトロミの状態を本来の状態に修正して提供することを確実に実行しなければなりません。転倒予防のセンサーマットの場合も、もし点検で不具合が見つかった場合は、そのまま使用することのないよう、不具合であることを張り紙するなどして分かるようにし、ただちに交換または調整修理する処置をとらなければなりません。

更に、このような不具合が再発しないよう、なぜ、キザミやトロミが予定通りの状況で作成されなかったのかの原因を特定し、必要な処置をとり、更にその処置が有効であるかのフォローをすることが必要です。

8.対策立案

対策を立案する際の考え方として、「多角的・多層的に分析された原因のなかから、実現可能性、即時性、効果性、全体最適性、定着可能性の評価に基づいて何に手を打つべきかを考えるのがよい」ということをこれまでのところで述べてきました。

では、実際の具体的対策はどのように立てていくのかを考えてみたいと思います。

介護現場で行なわれていることのほとんどは、何十年もの間にヒヤリハット体験や実際に起こってしまった事故の経験からその都度考え出された対策的な行動と言えます。

角の丸いテーブルの採用、センサーマットの使用、滑りにくい浴室の床材、注意を促す掲示、繰り返し行なわれる安全研修、介助動作に入る前の利用者への声かけ、誤薬防止のための薬箱の色別や区分けの改善等々、夥しい数の事故防止のための取り組みがなされています。

これらの対策がどのようにして立てられたのかを整理することで、今後、対策を考えていくときにどのように知恵を絞っていけば良いのかが見えてきます。

無意識的に考案したり、窮余の策として出てきたものが様々な良い対策を生み出してはいるのですが、それに依存していると、“時には考えが全然出てこない”、“思いつく人、思いつかない人の差がある”、“良いように思える対策が一側面に偏っている”ことになります

そこで、ポイントを2つ挙げてみます。一つは、要因や原因分析でも行った多角的に考えてみること、そして二つ目は、フェールセーフもしくはフールプルーフの視点で考えることです。

前者は、5M法やSHELL分析での「人(MAN)」「意識(MIND)」「方法(METHOD)」「使用設備・物品(MACHINE・ MATERIAL)」ほかに「環境(ENVIROMENT)」等、そして後者はミスや事故は起こることを前提に、『起こっても大丈夫な仕組みや装置』『事故自体が起こりにくい仕組みや装置』を考えるフェールセーフ、フールプルーフを対策立案の対象とすることです。

特に、介護事故は介護サービスの特徴のところで述べました通り、365日24時間、生活の全ての場面を原因として、人と人が関わる状況の中で発生するることから“ヒューマンエラーがある、ヒューマンエラーはゼロにできない”という前提の対策が必要です。

思い込み、勘違い、うっかり忘れ、不注意等、程度の差はあっても人なら必ず起こすエラーをなくすことはできません。これは個人差で起こる面と、急ぎ、疲労、パニック、緊張など、状況の問題で起こる面とがあり、コントロールに難しさがあります。

“ひとはミスをするもの”という前提での事故防止・予防策がフェールセーフ、フールプルーフなのです。

「起こしてしまった結果を安全にする」「失敗しても大丈夫」「被害拡大防止処置」「ダメージをコントロールする」「おろかな操作から守る(誤操作自体をできないようにする)」「起こらないようにする」「出来ないようにしてしまう」「予防処置」と言われるものです。

具体的には、利用者が転びそうな場所、打ち付けそうな場所に緩衝材が使用されていたり、作業自体をしなくて済むようにしてしまったり、人間がする作業を機械がすることで、うっかりミスをなくすように危険自体をなくしてしまう方法など様々なものがありますが、実際に介護の現場で行われている安全策はフェールセーフ・フールプルーフを意識して考え出されたものではないにしてもいずれかに該当しています。これを今後、新たな対策を考えるときに意識すれば、良い立案ができます。

そうすることで、視点、時期、人によるバラツキのない具体的対策が生まれます。

以下は、5M法での対策例、フェールセーフ・フールプルーフの対策例です。

5M・SHELL対策例


対策例

MAN
  • 担当変更
  • 人員配置(人数)
  • 技術訓練
  • 知識教育
  • 採用
  • 健康管理
  • 適性把握
意識
MIND
  • 意識教育
  • 啓発
  • 注意喚起(掲示、指さし呼称)
  • 確認
  • 危険予知訓練
  • 情報交換
  • 目標設定
  • 表彰制度
方法
METHOD
  • 手順書作成
  • 手順見直し(優先順位、同時作業等)
  • 情報交換
  • 見守り体制
  • チェック表の使用
  • ハイリスク者リストアップ
  • アセスメントの徹底
設備・物品
MACHINE・MATERIAL
  • 安全装置の設置・利用(センサー、低床ベッド、L字バーのストッパー、二重ロック)
  • 安全物品の使用(コモスイ消毒、食べても害のない観葉植物、着衣)
環境
ENVIRONMENT
  • 作業環境改善(物理的:スペース、照明、温度 就労条件:勤務時間、人的構成、休憩場所)
  • 利用者環境(物の配置・利用者の居場所の偏りの改善、利用者の動線の改善、居室環境)

フェールセーフ、フールプルーフ対策例

  • 床下マット
  • 手すりのカバー
  • 低床ベッド
  • 離床センサー
  • 骨折予防サポーター(フットサポートベルト)
  • GPS
  • 食事形態(とろみ、きざみ、ペースト)
  • ベッド柵
  • 褥瘡
  • 角の保護剤(緩衝材)
  • 配膳確認
  • 薬の読み上げ
  • マニュアル・手順書
  • ハイリスク者リストアップ
  • 研修
  • チェック表
  • 滑り止めマット
  • L字バーのストッパー
  • ドアセンサー
  • 賠償保険
  • IH
  • 二重ロック
  • 押してからでないとひねれない浴室の蛇口
  • コモスイ消毒
  • モジュラー車椅子
  • 食べても害のない観葉植物

最後に

最後に、いま行なわれているものをもとにして“昨日までこれでよし”としていたものは“今日になれば当たり前”、“今日当たり前だったものは明日にはそれでは不十分、危険である”という考え方を持たなければなりません。ましてや、一時的に“あの頃に、こんなこともしていましたね”というような、進歩どころか一時的、場合によっては後戻りするような対策であってはなりません。この視点が大切です。